2015年2月20日金曜日

【ライブレポ】Gerard Way Japan Tour 2015 大阪BIGCAT

Gerard Way Japan Tour 2015 


大阪BIGCAT

ライブレポ

(@postmcrjapan)


マイケミに惚れて13年。〝Sweet Revenge〟がアメリカでヒットした時、私はまだ高校生だった。HelenaのPVを見て衝撃を受けた。歌詞、メロディー、ビジュアル・・・全てが新鮮だった。CDを持った友達にすぐにコピーを焼いてもらってずっと聴いてた。時は流れ、〝Black Parade〟が出ると私はその2ヶ月後、大学から卒業する。やがて〝Danger Days〟がリリースされると私は日本で社会人として働き、マイケミから少し離れた。解散して3ヶ月が経った頃に、私はふとマイケミのことを思い出して、iPhoneに〝Sweet Revenge〟と〝Black Parade〟を入れて聴いてみると、当時のあの新鮮で刺激的な音に再び衝撃を受けて、マイケミブーム再燃。今は何してるんだろ?と検索すると初めて解散のことを知った。ずっと音楽を作り続けるだろうと思ってたのに、再びハマったばかりなのに、ファン歴に大きなブランクがあったとはいえ、かなりショッキングなニュースだった。だって、生で一度も見た事がなかった。そしてこれからもない。そんな私がGの来日公演のニュースを知った時、何が何でも絶対行くと決めた。DVDでしか見たことがなかった、ステージで歌うGの姿がやっと生で見れるんだ。期待と不安を胸に大阪へ向かった。

2月16日 大阪BIGCAT

運よく2列目。サポートアクトが始まると同時にドーン!と後ろから押されて一気にぎゅうぎゅう。サポートでこんなんだったらGが出てきたらどうなるの??っていうより、Gが出てきたら号泣するんじゃないか不安。だってステージが近い!どうしよう。写真大丈夫かな?何も言われてないような・・・そんなんこんなん悩みながらサポートアクト終了。たっぷりと30分かけてステージを片付けてそわそわ。もうそろそろかな?まだかな?あ~じらすね!いつ出てくるの??G!!と次の瞬間ステージが暗くなる。大歓声。いよいよ・・・!



白シャツに白ズボンのJamesがキーボードへ。ベースのMatt(別名トイプードル)、そしてギターのIan、ドラムのJarrodが次々のスタンバイ。後がGだけ・・・!The Bureauの重たいイントロがどんどん重たくなり、音も大きくなってピークに。そして袖からGが!!

最近お気に入りの黒いスーツにピンクのネクタイとベルト。髪はもちろんシルバー。始めてみる生のGの姿にやっぱり少し涙する。不思議だけど、ずっと画面越しでしか見たことなかった人だから、本当に存在するって実感があまりないというか、まぁネットの人みたいな感覚だったけど、これでやっと本当に存在するんだ!って実感できた。声が力強い。The Bureauが終わると〝オーサカアアア〟を言ったような気がするけど、その後はすぐさまAction Catが始まる。みんな熱狂。Zero Zeroも同じエネルギッシュなノリで。

ここで一旦MCをするG。今回のツアーはGが決まって以下の話題について話す。

★トランスジェンダー&ノンバイナリー
(うろ覚えだけど、動画がアップされるまでは確認できないのでだいたい言ったことを訳す)
みんなトランスジェンダーってわかるよね?もし君が知ってる人や友達の中でトランスジェンダーの人がいて、そんで君がその人の支えになってるなら、僕は君のことが好き。

★精神病
僕はずっと精神病と闘ってきた。精神病ってネガティブなイメージがついてて、誤解されやすい。人は刺し傷やアザとか何かの傷を見ると〝あ、この人ヤバいケガしてる〟ってすぐわかるけど、心の傷は見えないため、自分はうつ病だと訴えても〝しっかりしろ〟としか言ってくれない。僕は長い間自分の病気について話しできる相手がいなかった。30歳になると初めてセラピストを見つけようと思ったもん。だからもし自分が苦しんでるなら話せる相手と、自分に必要な治療も見つけてみて。きっとよくなるから。

★自分が25歳で死ぬと思ったこと
20代の頃は〝live fast, die young〟→思うがまま生きて、若く死ぬがモットーだった。ロマンチックだろう?25歳で死ぬんだ、そう思った。しかし25歳になった時、まだ死にたくないと思った。でもどうすればいいか分からなかった。完全にノープランだった。 欲しいモノが全部手に入った。でも本当に必要だったのは愛だった。愛こそすべてなんだ。愛だよ、愛。

★地元から離れること
若い頃は僕と弟もマイキーはどうしても地元から離れたかった。親が嫌いだったとかじゃなくて、ただNJから脱出して世界を見てみたかった。だからバンドを結成して、世界に出た。もう長い間NJに帰ってないんだ。でも忘れられないことがある。地元の匂いだ。あの匂いは永遠に忘れないだろうね。

海外もそうだったみたいなんだけど、日本は英語圏ではないため、トークを短くしたかどうか分からないけど、なんだかそのような気がする。でもちゃんとMCをしてくれたことはすごく嬉しかった。

そしてライブ中に決まってやることは

☆投げキッスたくさん

☆〝I love you〟をよくいう

☆ハコの照明を上げて、〝みんなの顔を見せてよ、みんな本当幸せそうだな〜 僕はこれからみんなが幸せでいられるように頑張るから〟とか〝僕に音楽を作りさせてくれてありがとう!みんなのおかげなんだよ、だから愛してるのよ〟を必ず言ってくれる

Millionsの前に〝コレは辞めることについて書いた曲だ。Millions!〟と紹介した。次にJuarez。Drugstore Perfumeの前には地元の匂いの話をして個人的にすごく心に響く話だったので泣きながらDrugstore Perfumeを一緒に歌う。〝次は日本版のアルバムのみに収録してる曲、タイトルはStop Leaving〟と言ってちょっと笑った(セトリではStop Leavingだけど、本当はTelevision All The Timeで名前を間違っちゃった~みたいな笑いだったww)。

ここで25歳で死ぬと思った話(だと思うんだけど、違うなら許して)、そしてPiano Jamが始まる。歌う前にGが顔を上に向け、何かを言う。実はこの曲はGのおばあちゃんが亡くなった時、そばにいなかったことを後悔してることについての曲だと噂されているんだが、天国にいるおばあちゃんに話しかけてるのかな?と思って、ここでまたボロボロ泣いた。Gのおばあちゃんが亡くなった時、マイケミはヨーロッパでツアー中だった。ずっと大好きで大切にしてたおばあちゃんの最期を見届けなかったことが辛かったんだろう。自分もまったく同じ体験をしているのでこの曲を初めてYouTubeで聴いた時涙が止まらなかった。生で聴きたかったからやってくれて本当に嬉しかったと同時にピアノとGの声のみこの曲の破壊力は計り知れない。最初から最期までずっと泣いていた。

Brotherの前には〝歌詞を知ってるなら一緒に歌って!みんなの声を聞かせて!〟と言う。Brotherが終わるとちょっと長めの間奏があって、アルバムと違う入り方でGet The Gang Togetherがスタート。Gangは盛り上がり、すぐHow It's Going to Beが始まる。Maya the Psychicの前には精神病のお話してからこんなお話もした: 〝マイケミを解散したらうつ病がひどくなって、幻聴が始まった。夜中に声や奇声が聞こえたり、イカれてるんじゃないか心配してセラピストに相談したら彼女が大丈夫だ、よくあることよと説明してくれた。だからセラピストが大事なんだ、話すことが大事なんだ。この曲は幻聴について書いたよ、タイトルはMaya the Psychic。〟その後はお待ちかねのグループ写真タイム〜♪

No Showsがまたアルバムと違った入り方から始まる。みんなでうぅ〜ぅうぅう〜♪して、そしてGが最後の〝It's not love if it's just fucking〟の〝fucking〟をなぜか連呼wwwラストはカバーのSnakedriverで、その後はGが投げキッスしてステージか消える。最後までJamesが残ってノイズを流しながらステージの袖へと消える。

アンコールが始まるまではそう長くない。確かアンコールのタイミングでみゆきさんがみんなのThank You Gメッセージフラッグを無事渡してGがポーズしてくれた。



アンコールは私が大好きな〝Don't Try〟

もともとはHesitant Alienのために書いた曲。パリで初披露してAPやKerrang!など様々な音楽メディアに取り上げられた。もうYouTubeで始めた聴いた時、衝撃だった。切なくて美しい。まさかアンコールでやってくれると思ってなかった。




・・・ハイ、またまた号泣。

この曲が絶妙な切ない気持ちにさせてくれる。生で聴いてそう思った。

その雰囲気の中で大阪公演、終了。

さっそくヒゲのスタッフさんがセトリを剥がす作業を始めると〝セトリ!セトリちょうだい!!〟コールが。ちょうど自分がいるとこの目の前でセトリを剥がすヒゲ。そして投げた!みんなが必死で取ろうとして後ろへ後ろへ行った結果、2列目と3列目にいたみんながまるでドミノのように倒れていた←自分も含めてwwwセトリは結局もらえなかったけど、後で写真を撮らせてもらった。



出待ちはしたものの、車で素通り・・・仕方なく深夜バスで東京へ。



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